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サクラバクシンオーとは

競走馬名:サクラバクシンオー

血統:父サクラユタカオー 母サクラハゴロモ(ノーザンテースト)

父のサクラユタカオーは、プリンスリーギフト系でスピードタイプの産駒を多く輩出した。

母はノーザンテースト産駒のサクラハゴロモ。

1992年1月12日の4歳新馬戦(中山ダート1200m)でデビュー。小島太を背に2番人気に推され、見事デビュー戦を飾った。 その後、黒竹賞(中山芝1600m)では直線先頭に立つもハナ差で2着に敗れた。 3戦目の桜草特別(中山芝1200m)に勝利し、デビュー4戦目にGIIスプリングステークス(中山芝1800m)に出走する。 3番人気に推されるが、直線で失速し12着に大敗した。

このレース以後、陣営はクラシック路線を諦め、短距離路線に方向を定めた。 4月18日のGIIIクリスタルカップ(中山芝1200m)に出走、単勝1.8倍の1番人気に応え見事重賞初制覇を飾った。 次走の菖蒲ステークス(東京1400m)も1番人気に応え、連勝でGIIニュージーランドトロフィー4歳ステークス(東京芝1600m)に3番人気で臨んだが、 後にマイルチャンピオンシップなどを勝つシンコウラブリイの7着に敗れた。その後3ヶ月の休養をはさみ、秋競馬から復帰。 初戦のGIII京王杯オータムハンデキャップ(中山芝1600m)では3着、オープン特別多摩川ステークス(東京芝1600m)で7着とマイル戦では勝てないレースが続いたが、次走のオープン特別キャピタルステークス(東京芝1400m)に勝利し、最大目標であったGIスプリンターズステークス(中山芝1200m)へと駒を進めた。 4歳馬ながら3番人気に支持されたが、この年の桜花賞優勝馬ニシノフラワーの6着に敗れた。サクラバクシンオーの1400m以下のレースの敗北はこれが最初で最後であった。

スプリンターズステークスの後、脚部不安のため放牧に出され、復帰したのは翌1993年、5歳の秋だった。 復帰初戦のオープン特別オータムスプリントステークス(中山1200m)を2番人気で勝利したが、次走のアイルランドトロフィー(東京芝1600m)は4着に敗れた。 その後マイルチャンピオンシップには向かわずキャピタルステークス(東京芝1400m)に出走して勝利した。 そして大目標であるGIスプリンターズステークスに再度挑戦。2番人気に支持され、見事にGI3勝馬のヤマニンゼファーを抑え優勝した。 父サクラユタカオーにとっても初のGI勝ち産駒となった。

翌1994年、6歳になり、4月のGIIIダービー卿チャレンジトロフィー(中山芝1200m)を2馬身差で勝利する。 続いて、GI安田記念(東京芝1600m)に出走し、直線先頭に立って粘るがノースフライトの4着に敗れた。 休養後、秋初戦のGII毎日王冠(東京芝1800m)では、従来のレコードタイムより早いタイムでゴールしたが、後に天皇賞(秋)を勝つネーハイシーザーの4着に敗れる。 次走GIIスワンステークス(阪神芝1400m)では、ノースフライトを当時の1400mの日本レコードで破る。次走のGIマイルチャンピオンシップ(京都芝1600m)では、ノースフライトの2着に敗れた。 そして、この年限りの引退が決まり、ラストランになったGIスプリンターズステークスは単勝1.6倍の圧倒的1番人気となり、2着のビコーペガサスに4馬身差、1分07秒1の当時の日本レコードでグレード制導入以後初の連覇で引退に花を添えた。

サクラバクシンオー産駒の特徴

サクラバクシンオー産駒は、 スプリンターが非常に多く父の影響は大きい。
堅実な走りを見せるが溢れるスピードから脚もとの不安に泣かされることも多い。
産駒一覧

種牡馬リンク

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