サクラバクシンオーの産駒傾向
デビュー前は父・サクラユタカオー譲りの馬格や、伯父(母の全兄)に有馬記念、天皇賞を制したアンバーシャダイ、従兄に阪神3歳ステークス、弥生賞、NHK杯優勝馬のイブキマイカグラがいることもあって、クラシックディスタンスで期待が持てると関係者から評価されており、スプリンターという評価は皆無であった。 サクラバクシンオーが活躍した時代は、東京優駿(日本ダービー)をはじめとするクラシック路線が主流を占めていたが、同馬は、早々と短距離路線への転向を決め、スプリンターズステークス2連覇を始め、数々のスプリント競走を制覇している。全てのレースでコンビを組んだ小島は「この馬なら海外でも通用したかもしれない」、調教師の境も「足元に不安があった(5歳春を全休)から引退したんだ。翌年も競馬をさせたかったよ。引退レースでレコード勝ちしてるんだからね」と後年話している。これらの活躍は、1996年の高松宮杯(現・高松宮記念)短距離GI化などの短距離路線拡大の一因となっている。 通算成績は21戦11勝だが、1400mを超えるレースでは9戦全敗、1400m以下のレースではダートを含めて12戦11勝と1400mを境に成績に極端な差が見られる。ただし、1400mを超える距離のレースが全く不振だったわけではなく、1600mのGIマイルチャンピオンシップでの2着や、ハイペースで先行馬総崩れの中で唯一4着(3着とはハナ差)に粘った安田記念、従来のレコードタイムより早いタイムで走破した1800mのGII毎日王冠(結果は4着)などの実績がある。 また、一般的にスプリンターは早熟で能力の開花が早い反面、活躍できる期間が短いことが多いが、同馬は比較的遅咲きで6歳まで息の長い活躍を見せたのも特徴である。
1994年の秋4戦(毎日王冠~スプリンターズステークス)は全て当該競馬場のコースレコードタイムを上回る走りをしている。特にこの年のスワンステークスは京都競馬場改修工事の影響で阪神競馬場で開催された。4コーナーにかけて下り坂があり、直線がフラットで時計の出やすい京都に対して、阪神は直線の上り坂があり時計がかかることに加えて、サクラバクシンオーは59キロを背負っていたが、日本の馬で初めて1400mで1分20秒の壁を破っている。 その後2006年に阪神競馬場が改修された為、このコースレコードは破られることなく記録として残っている。